エリーさんの「隠さなくていい」コンセプト

エリーさんについて:徳島市出身。岡山大学在籍中。"WE DON'T NEED TO HIDE IT."(隠さなくていい)をコンセプトにした生理Tシャツを制作・販売。日本家族計画協会が主催するU-COMコンドームデザインコンテスト2019大賞(U-COM コンドームは、2017年から毎年コンテストを開催。性感染症予防や望まない妊娠の予防について、若者たちが 考え、描いた作品の中から、若者たちが投票でデザインを選びます。大賞作品はパッケージデザインとして採用され、 実際に性教育・イベントなどで啓発・教育用に配布されるコンドームになります)。 ウェブサイト:エリーのあたまのなか "Inside Eri's Head"https://suzuri.jp/Erigorithm24]  生理のTシャツを作ろうと思ったきっかけは?もともと生理だけじゃなくてリプロダクティブヘルスやセクシャルウェルネスに興味を持っていて、自分で何か発信したいという気持ちがすごく強かったです。前々からツイッターでは個人的に思ったことを発信していたけど、ありふれた一大学生の私が個人のSNSで影響を及ぼせる範囲に限界があると感じていました。どうにかキャッチーな感じの発信がしたいなと思って、そのときにパッと視覚に訴えかけてくるもののほうがいいんじゃないかと思ったんです。自分の中のモヤモヤや問題意識をビジュアル化できるデザインの力はすごく大きいんじゃないかなと思ってTシャツを作ることにしました。日本で発言することは難しいと思うんですけど、そこで生理についてやるっていうことは勇気が必要でしたか?勇気というよりも「やるしか!」という使命感が強かったですね。このままじゃ何も変わらないと思いました。生理の話は日本でタブー視されている理由はなぜだと思いますか?タブー視をなくすために私たちには何ができると思いますか?「なんとなく」隠してきたから「なんとなく」隠すものだという癖が染み込み過ぎちゃっていているだけで、個人個人が生理をタブー視している理由はそんなにないんじゃないかと思ったりしています。タブー視というより、単純に抵抗感が強いんじゃないかな。今まで生理のことが語られてこなさ過ぎたために、生理にまつわることに対してやたらに拒絶反応や抵抗感が大きくなり過ぎちゃっていると思います。私たちに出来るのは、日常のなんでもないタイミングで生理についてとりあえず喋ってみること。生理について話すことに少しずつでも慣れていかなければ何も変わらない。このまま「なんとなく」隠さなきゃ、「なんとなく」喋りにくいということがこれからも「なんとなく」続いて行ってしまう気がするので、社会レベルで何か変えようとしなくても、自分にできることがあって、それをしたいと思うならやってみるといいと思います。私の場合は、生理のことについてちょっとずつ身近な人に話してみたら、空気感が変わってきました。友人たち含め色んな人が話題に出すようになったり、相談してくれたりするようになりました。「相手を困らせるかも」とかあまり考えすぎずに、まずはサクッと口に出してみるのは1つのポイントですね。Tシャツを作った後の反応とは?近しい人たちだと、私が今までモヤモヤしていたことや興味があることをよりはっきりわかってくれるようになりました。このTシャツを作ったことで、しばらく話していなかった人や知らない人とも、同じテーマで問題意識を共有できるようになったんです。身近じゃない人たちでいうと、私の着てるTシャツ(の意味)が単純に気になって声をかけてくれて、そこから話ができたり。思いがけず、生理Tシャツが会話のきっかけになりました。もともと性に意識が向いている人たちだけじゃなくて、普段は全く興味がない人たちにもリーチができるし、私の私が変えたいと思っていることをごく自然にたくさんの人に伝えらるのはすごくいいなと思っています。この問題意識を、顕在化している層ではなく潜在化している層にリーチできたことは大きいですね。Tシャツのデザインの意味とは?“WE DON’T NEED TO HIDE IT.”には、生理がある人もない人も、生理をわざわざ隠さなくていいんだよ、というメッセージを込めています。ただ、生理に関するメッセージはそれほど強調せず、あくまでもTシャツのデザインとしてシンプルにかっこいいものにしたくて。生理は英語でperiodというので、英文のピリオドから濃いめの血を垂らして、このTシャツが生理をモチーフにしていることが暗にわかるようにしました。フェミニズムについてどう思いますか?フェミニズムの本質がわかりにくくなってきていることがあると思います。人々の間でうまくコミュニケーションが取れていないし、伝え方や伝わり方への配慮も足りてないので、なかなか分かり合えるまでいけないのだと思います。フェミニストたちの意見や主張には賛同するところも多くあるけれど、難しすぎたり、言葉がキツすぎたり、そりゃフェミニストを毛嫌いする人がいるのもわかるよなあ、というのが私の正直なところです。歯切れがいい感じのフェミニストが目立つと、責められているだとか批判されていると受け取っちゃう人は多い気がして、本来は「みんなのため」のフェミニズムなのに、メッセージが伝わりにくくなってしまうのではないかと思います。女性性から発せられる言葉と男性性から発せられる言葉は通い切れていなくて、いやそもそも共通言語を話せていない気がしていて。極論は、男性だろうが女性だろうがオケラだろうがカエルだろうが、「あなたと一緒に生きていきたい」だけなんだけど、どうもそれがうまく伝わっていないところがあると思います。フェミニストを毛嫌いする人たちによく共通するのは、普段自分が誰かの言いなりになってたり、理不尽な扱いを受けていたりして窮屈な思いをしている状況だと思っています。Twitterでも、すごく攻撃的で心無い言い方をしている人たちをたくさん見るけど、彼らの言葉からダイレクトにダメージを受けるというよりも、その言葉が発せられるに至る彼らの状況にしんどくなってしまいますね。そりゃ誰かにも当たりたくなるよなあ、しんどいよなあって。その対象が女性であることや、フェミニズム自体への敵視はもちろん的外れなんだけども、フェミニズムの本質が伝わる努力を地道に続けていかなければいけませんね。「共通言語」というのが1つのキーワードだと思っていて、共通言語を話せていないからお互いの事が伝わりきらないと思っています。文系と理系の研究者同士の話がかみ合わなかったり、お年寄りのおばあちゃんと話が通じなかったり、そういうのと同じような気がしています。社会は男性と女性に境界線を引いて、私たちを分断して生活させてきました。女性は男性ならではの生きづらさとかピアプレッシャーみたいのを理解しきれていないし、男性も女性のしんどさを理解しきれていない。私たちの知識、感覚、今までの経験が違うところで話しても通じないことはいっぱいあると思います。気長に、マメに、でもむやみやたらに誰かに当たることはしないで、日々少しずつ自分のしんどさを共有していけたらいいですね。そうやってお互いに歩み寄ることができて、自分にもみんなにも優しくなれたらいいですよね。お互いを理解しあう際に大事なのはなんだと思いますか?モヤモヤやイライラなど、もろもろのマイナスの感情を一旦置いておいて、お互いのことを丁寧に読み解く時間が大切だと思います。お互いの意見を押し付けるのではなくて歩み寄ることが大事。どんなに親しくても知らないことはあるんだから、知らない人のことなんて知らないことだらけ。そこを知ってみようとしてみてもいいと思います。みんな「こうあるべき」という連鎖をとめて、縛られなくてもいいことを感じていけたらいいですよね。お互いの生きづらさを知っていくことでお互いのことをより深く理解するのはアプローチの1つだと思います。誰もが何にも縛られすぎないで、肩の力を抜いて生きていけるのがいちばんですよね。「U-COMコンドーム デザインコンテスト2019」について:もともと、デザインのせいでコンドームを手に取りにくいというのが、具体的に性のことに興味を持ったきっかけだったように思います。アメリカの留学中にキャンパスでフリーコンドームを配っていたり、ヘルスセンターではネットでコンドームを匿名予約・ピックアップできるシステムがあって、単純に「いいな!」と思えたんです。それまでコンドームを自分で手に取ったことがなくて、帰国してからドラッグストアのコンドームコーナーを見てみたら、パッケージのデザイン的にすごく手に取りにくくて。そこで、コンドームのパッケージをデザインしてみたいとすごく思うようになって、コンドーム自体についても色々調べた結果、このデザインコンテストを見つけて、応募することにしました。私のオリジナルコンドームをもって、私の徳島の母校や岡山の学校に、保健室という名の座談会を開きに行くのが今の目標ですね。 U-COMコンドームデザインコンテスト2019大賞作品 これからの課題:性に意識が向いている人たちへのアプローチもそうですが、そうでない圧倒的多数の潜在化している人たちへのアプローチを探りたいと思っています。ふと興味を持たせることのきっかけを作っていきたいと思います。みんなが自発的に大学の授業をとったり自分で調べたりするようになるといいですね。とにかくみんなにちょっとでも意識を向けてもらう努力をコツコツ地道にやっていく時期かな。私が生理Tシャツを作っただけでもきっかけはすごく増えたし、私がこういう人だということがわかったから、私にそういう話をしやすくなった人もいてくれたので。自分の行動一つで、自分の周りの人が生きづらさからちょっと解放されていたらいいな。少なくとも一助にはなれてるかな。私はあまり大きなことを言うのが得意ではないので、自分の行動一つで変えられることを自分のできる範囲でやっていく中で社会にインパクトを与えていきたいです。

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フランス発の痴漢問題を描いた小説が日本に上陸

少女時代、満員電車でほぼ毎日のように痴漢の被害を受けていた佐々木くみさん。数年前、彼女の実体験を基にした小説がフランスで出版されました。邦訳が待たれた本書がいよいよ日本で今週(12月15日)刊行されます。Voice Up Japanは、パリ在住の著者にインタビューを行ないました。1)痴漢を題材にした理由を教えてもらえますか? 私のような思いをする子供たちをこれ以上増やしたくなかったからです。私が約20年前に痴漢の被害に遭っていたころから今も変わらず「チカン」はよく聞く言葉なのに、深刻に捉えられていないと感じていました。中高生の6年間、私が毎日のように受けていた被害は、通学の満員電車で下着の中まで手を入れられるような悪質なもので、どう考えても軽いものではなく、深刻な社会問題なのです。私はフランスに留学して以来、もう10年以上こちらで暮らしていますが、数年前に同じような痴漢被害が東京で今でも起こり続けていることを知りました。被害者が声を上げてどうにかしないと、この日常的な性暴力はなくならないと危機感を覚えました。私は今でも痴漢のトラウマに苦しめられています。当時は痴漢のせいで人生をやめたいと思うほどつらかったし、住む国も環境もまったく違う今ですら、嫌な思いが拭えないでいます。 2)最初の出版がフランス語なのはなぜですか? フランスに留学した最初のころ、知り合ったフランス人女性と日本社会について話していたとき、ふと思い出して痴漢被害の話をしてみたんです。そしたら彼女は「日本は規律正しく、とても安全な国だと思い込んでいたのに、中高生が日常生活でそんな目に遭うなんて!」とすごく驚いてショックを受けていました。その反応を見て「ああ、やっぱり私が受けていた被害は異常なんだな」と私も再確認することができたのを覚えています。よく外国に行くことで、自国の文化を客観的に見れるようになると聞きますが、まさにそのとおりでした。もともと友人だった共著者のエマニュエルに同じ話をしたときも、東京に住んでいたこともある彼が「自分もよく乗っていた電車の中で、そんなことが起きていたなんて全然知らなかった、なんて恐ろしいことが起きているんだ!」と、とても驚いていました。まずは「チカン」という言葉に先入観がなく、純粋に事実を直視し、問題の深刻さを理解してくれるフランスで出版ようと決めました。私は日本では、当時はいわゆる二次被害を受け、痴漢の話をすることでさらに嫌な思いをすることも多かったのです。日本で今出版しても、また同じように嫌な目に遭うんじゃないか、誰も真剣に読んでくれないんじゃないか、ひいては出版社も痴漢被害について出版したがらないんじゃないか、という危惧もありました。もうひとつは、フランスはペドフィリア(小児性愛)に大変厳しい国です。私がフランスの知人などに話をしたとき、彼らは「あなたが初めて被害に遭った12歳という年齢は、ペドフィリアの罪にも当てはまる」と二重にショックを受けていました。日本では、小学生が被害に遭おうが成人が遭おうが、「チカン」のひと言で済ませる印象があります。私自身そのような見方をしていなかったので、まさに眼からウロコでした。フランスでは被害者が13歳未満の場合、性暴力に加えてペドフィリアという重大な罪で二重に罰せるわけです。その点からしても、フランスではさらに深刻に受け止められました。 3)日本の読者へメッセージはありますか? 誰もが、実際の痴漢被害を知る必要があると思います。痴漢は一般的にイメージするよりずっと悪質なものが多いのです。でも、加害者が具体的にどういった手口を使うのか知らなければ、痴漢という響きや先入観だけで、実態を掴めません。被害を軽く捉えられ、当事者は実際の被害を周囲に伝えることがとても困難になる。例えば、駅で急に知らない小学生があなたのところに駆け寄ってきて、「今チカンに遭いました!」と言ってきたとします。「下着の中まで手を入れて、性器まで触る痴漢もいる」、「公衆トイレに連れ込む痴漢もいる」といった知識さえあれば、対応の幅も違ってくるでしょう。学校に通う子供が性暴力の被害に日常的に遭う状況は異常です。特に被害者は13歳未満の児童も多いのです。とても被害者だけが声を上げて解決できる問題ではなく、社会全体が責任をもって対応しなくてはならない問題です。 4)痴漢の性被害は以前と比べ増えているとお考えですか?パリ在住ということでお聞きしますが、フランスでも同様な問題はありますか? 私はもう10年以上日本に住んでいないので、増えているのか、あるいは減っているのかは専門家の方たちの意見に任せたいと思います。ただし「痴漢防止バッジ」の取り組みなども目にしますので、痴漢問題は相変わらず続いているのではないでしょうか。フランス語版の読者たちからは「フランスにも痴漢はいる」と聞いています。「後ろからお尻の辺りを触られた」(男性被害者)という例もありますが、全般的には日本の痴漢よりもオープンな気もします。例えば、私がまだ学生だったころ、パリのメトロの4人掛けで向かい合う席の窓際に座っていたところ、少し不良のような20歳前後の男性3人が乗ってきて、空いた3つの席に座りました。大きな声で冗談を言い合ったり、足を投げ出したり、周りに迷惑だなと不快に思っていました。すると、彼らが降りる際に私の隣に座っていたひとりが「またね」と言いながら、片手で私の胸を一瞬ギュッと鷲掴みにして笑いながら降りて行ったのです。予想だにしなかったので、とっさに何の反応もできなかったのですが、周囲に見えるところでの堂々としたわいせつは日本では経験したことがなく、ただただ驚きでした。すごく悔しかったのは、怒りを表すため、せめて男の手を振り払ってでも乱暴に叩き返すべきだったことです。何より、人権を踏みにじられたかのような過去の屈辱的な気持ちが久しぶりに蘇り、その後しばらく続きました。他にも、路上で見知らぬ初老の男性から「愛人にならないか」と真顔で声をかけられたりもしました。日本では痴漢や性暴力は、隠れて行われる印象が強いですが、フランスでは周囲の人にも分かるような状況も比較的多いと思われます。 5)日本の痴漢問題の解決策はなんでしょう? やはり、社会全体が痴漢を深刻な社会問題として捉え、公共交通機関を利用する人すべてが責任をもって痴漢撲滅に尽力する必要があります。特に東京など人の多いところでは、面倒に巻き込まれたくない、また時間的にも精神的にも余裕がないなどの理由から、周囲で何かトラブルが起こっていても見て見ぬふりをしてやり過ごし、できるだけ早くその場から離れようとする人が多いと感じます。繰り返しになりますが、痴漢の被害者は子供も多いです。現代の日本社会では、公共の場で毎日子供が性暴力の被害に遭っているのが現実です。それも多くの大人が一緒にいる場所でです。悲しく、恥ずべきことではないでしょうか。この事実を皆が認識し、互いに協力して子供を守る、被害者を守っていく、という強い意識が必要だと思われます。 『少女だった私に起きた、電車のなかでのすべてについて』(イースト・プレス)著者:佐々木くみ/エマニュエル・アルノー編集協力:小川たまか/解説:斉藤章佳

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