性被害の損害賠償を求め、石田郁子氏が提訴

2019年2月、石田郁子氏は深刻な心的外傷の損害賠償を求めて、札幌市と通っていた札幌市立中学校の教師に対し、東京地裁で民事訴訟を起こした。彼女は何年にもわたり性暴力を受けていた結果だと主張し、司法に訴えている。

札幌市と教師を相手に民事訴訟を起こした石田郁子氏。(Credit: Kohei Usuda)

被害は、今から20年以上前の中学校卒業式の前日に始まった。寒く雪が降っていた3月中旬のその日、北海道札幌市の中学生だった石田氏は、教師の男性に北海道立近代美術館の展覧会に誘われた。

 

石田氏によると、美術館の中で生理痛を訴えたところ、教師は彼の家まで車で連れていき、彼女を休ませた。そこで突然教師に好きだったことを告白された後にキスをされ、驚きのあまり泣いてしまった。石田氏が過呼吸になったため長椅子に座らされ、落ち着いたところで床に寝かされて上に乗られた。

 

それから多くて月に1、2回、教師は当時15歳だった石田氏を登山やドライブに連れていき、わいせつ行為を行ったという。被害は高校時代の1993年から北海道大学在学の1997年まで4年間以上続いたと石田氏は主張する。

 

中学校までは元気でアクティブな少女だった石田氏。陽気な素質をもち、生徒会長にも選ばれ、ソフトボール部の部長でもあった。しかし1993年の春を境に徐々に自信をなくし、思春期という重要な時期に入ってから性格が大きく変化したという。高校では一人でいることが多くなり、あまり友達も作らず勉強に没頭した。「過剰に適応した状態」にいたと石田氏は語る。

 

「当時の私は、恋愛も性的なこともまったくしたことがないし、分からなかった」。現在42歳の石田氏はインタビューでこう振り返る。「相手は、自分が信用していた学校の先生ということで疑わないから、そのまま(言うことを)聞いてしまっていた」。性被害が始まった頃はまだ幼く、知識も不足していたため、教師の動機について疑いもしなかったと説明する。「マインド・コントロールみたいな状態だった訳ですね」。

 

なぜ被害が長く続いても、声を上げなかったのか。それは単純に「これは恋愛なんだぞ」と言われ、「好きだからこそ」することだと思い込まされていたからだという。しかし何かがおかしいという「腑に落ちない」懸念をもたなかったわけではない。ある日突然、石田氏の前に表れ、彼女の人生を支配し始めた教師の「一方的」な振る舞いを長らく疑い続けていたという。

 

石田氏によると、その疑いが正しかったとようやく気づいたのは大人になってからであった。2015年の夏、石田氏は自分が受けた被害に酷似した犯罪事件の裁判を東京で偶然傍聴した。その裁判では、養護施設に勤務する20代の職員が権限のある立場を利用し、同施設の16歳の少女に性暴力を行っていたと罪に問われたものだ。その10代の被害者は、石田氏と同様に、2人の関係が純粋な「恋愛」であると加害者から騙されていたという。信じられなかったが、自分も虐待を受けていたのかもしれない、と考え始めたという。

 

この事実に気づいてから、思春期のトラウマが湧き上がり、眠れなかったり気分が落ち込みやすくなる日々を過ごす。トラウマを専門とする精神科医の治療を受けるようになった頃には、38歳でフォトグラファーとして東京で働いていた。10代の頃から抱えていた精神的苦痛が、高校時代に受けた性暴力に起因することは疑いようのないことだった。しかし石田氏は、その時期から自身の経験は単に個人で対処する問題ではなく、社会全体に影響が及ぶ事柄であるかもしれない、と次第に懸念するようになった。

 

2015年に教師と面会した際に、わいせつ行為を認める旨の発言を録音し、その証拠を手に2016年2月、3人の弁護士とともに札幌市教育委員会に正式に被害を訴え、懲戒処分を求めた。教育委員会の教職員課は数ヶ月に及ぶ調査を行ったものの、しかしその結論は石田氏と彼女の弁護団にとってショックなものでしかなかった。Voice Up Japanが入手した面会記録によると、同年7月、教育委員会は処分を行わないことを石田氏と弁護士らに面会で伝えた。

 

説明を求められた教職員課の担当者は、教師が3度の聴き取り調査で行為を否認し続けたと石田氏たちに伝えた。自白した録音データは存在するが、教師が直接行為を認めない限り、わいせつ行為があったことを断定できないとのことだ。

第一回控訴審の後、今後の展望を語る小竹広子弁護士と石田氏。(Credit: Kohei Usuda)

2019年2月、石田氏は教師と札幌市を相手に民事訴訟を起こし、性被害を受けた心理的苦痛によりPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症したとして、損害賠償請求を行った。除斥期間の関係で敗訴となったが、東京高裁に控訴し、PTSDを発症したのが2016年初頭であったため、除斥期間内だと主張した。


石田氏の代理人である小竹広子弁護士は、東京地裁が重要な事実の認定を怠ったとして、判決への不満をあらわにした。(一例を挙げると、証拠として提出されたPTSD専門医による診断書は、正当な理由もなく信頼性に欠けると判断された。)12月12日に東京高裁で開かれた控訴審の第一回口頭弁論の傍聴席は満席となり、石田氏のケースへの関心が高まっていることを示した。裁判は2020年3月24日に再開される。


「それでも、あまり楽観はできない」と代理人の小竹氏は12月の口頭弁論後に展望を語った。「石田さんに起こったことを正しく事実認定」するのに必要なプロセスとして、彼女と教師を含む証人尋問を法廷で行うことを小竹氏は再度要求した。


石田氏の例が挙がるように、被害者が何十年も経ってから声を上げる際の問題として、「『除斥期間の法律がこのままでいいのか』という質問に行き着く」と小竹氏は指摘する。「幼い頃や思春期の頃に性暴力を受け、長い間(そのトラウマ)を自分の中だけに溜めてきて外に出せないでいる人は、世の中に本当にいっぱいいるわけじゃないですか」と小竹氏は話す。「そのことが社会的に認知されていない。日本は男社会でもあるし、女性差別的な社会でもあるから、そのことを出せていない人がいっぱいいるんですよ」と小竹氏は語る。


石田氏を支援する団体(札幌市中学教諭性暴力事件の被害者を支える会)の責任者である古橋氏は、石田氏が控訴をするのが経済的に難しいと知り、一審判決後に他の有志メンバーとともに行動を起こしたという。「こんなにひどいことが石田さんに起こっているのに、誰もなにもしないってことに、すごく腹が立って。すごく腹が立ったので、(被害者を支える会を)始めたんですね」。


この一般市民が集った、通称「School Me Too」という名のサポート・グループは、石田氏の苦境をより多くの人に知ってもらうため、サイトを立ち上げるとともに、控訴の費用をまかなうため寄付サイトを開設している。「何か先の展望があって始めたというよりは、『独りでこんなに戦っている人を、一緒に支えられない社会ってなんなのか?』と思って(活動を)始めた。友人などに声を掛けて、会を立ち上げたというのが最初です」と古橋氏は話す。


最近では、ジャーナリストの伊藤詩織氏(30)が、就職についてプライベートで面会したテレビ記者に大量の酒を飲まされ、レイプされたとして告発し、猛烈なバッシングに立ち向かった。伊藤氏の訴えと、その後の顕著な勝訴は、女性への性暴力に関する対話を国内で促すきっかけとなりえた。だが、この保守的な日本社会で、性被害に対し勇気をもって声を上げる伊藤氏や石田氏のような女性はいまだ少ない。


なぜ実名・顔出しで声を上げようと決意したのか聞かれると、石田氏はこのように説明した。「札幌市教育委員会にあれだけ証拠も出して、あれだけ何回も(懲戒処分を求めると)言ってるのに、全然聞く耳を持たなかった。結局、向こう(教育委員会)はなかったことにしようとしていて、それがどうしても耐えられなかった。じゃあ、本人が出て、少なくとも札幌ではこういった問題があるということは、どうしても言いたかった」。


当事者が声を上げているにもかかわらず、裁判への注目は十分ではなく、石田氏の事例は日本国内では性暴力への非難につながらずにいる。学校セクハラが#SchoolMeTooという名のムーブメントとして、ここ数年、社会問題となっている韓国とは対照的といえるだろう。


「報道自体知らない人もたくさんいます」と石田氏は言う。「(自分の子どもが通う学校で)そういうことがあるんじゃないか、と緊迫する雰囲気はないみたいです」。さらに石田氏は言う。「私が一番腹が立っているのは、そういう(疑いのある教師)を子どもたちのそばに置いていることです」。


メールで問い合わせたところ、札幌市教育委員会は進行中の裁判を理由に、コメントを控えた。


Translated from the English version by Rhea Endo.


石田氏の事例に関する詳細はこちら:https://schoolmetooo.wixsite.com/website