“日本にも人種差別はあるし、人を傷つけている”: 東京でのBlack Lives Matter運動の実態

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Written By 臼田浩平 Translated By 神沢希洋

先月、3,500人以上の人々が世界規模で広まっているBlack Lives Matter(ブラック・ライヴズ・マター)運動に加わるため、渋谷・原宿に繰りだした。人々がともに行進しながら制度的人種差別について考える機会となる。

6月14日日曜日、反差別のプラカードを掲げた3,500人にものぼるデモ参加者の列が、都心の流行の最先端ともいえる、渋谷公園通りになだれ込んだ。あたり一帯は、“Black Lives Matter! (黒人の命は大切だ)”や“No justice, no peace! (正義なきところに平和なし)”といった痛烈な訴えの声で溢れかえった。

この平和的デモ行進は日本首都の心臓部にて、 Black Lives Matter Tokyoの名のもと行われた。この運動は5月25日に非武装の黒人男性、ジョージ・フロイド(George Floyd)氏が白人の警察官によって殺害された事件を皮切りに、米国全土に広がった人種差別抗議活動に参加する者たちへ、結束の表明をするための“ピースフル・マーチ(平和的デモ行進)”だった。

首都に住む黒人をはじめとした外国人居住者や日本人のアライ(賛同者)たちを含めた多様な参加者たちは、度重なる豪雨や感染症の脅威にもひるまず、“もう一つの伝染病”である制度的人種差別を根絶させるため練り歩いた。

Black Lives Matter Tokyo

全世界に広まったジョージ・フロイド氏のための抗議運動。このムーブメントの最大の特徴は、リーダー役として台頭し始めた若い世代の活動家たちの圧倒的な存在感である。デジタル時代に生まれ育った若者たちの強みは、他者とオンラインで繋がることで大規模なデモを速やかにまとめ上げ、ソーシャルメディアを通じて人々の訴えを増幅させる能力を身に着けている、ということだ。

日本初となる首都でのBlack Lives Matter集会は主にフェイスブックにて早急に計画された。旗手となったのは、シエラ・トッド(Sierra Todd)さん率いる若い活動家たち。トッドさんは穏やかな口調をした19歳のアフリカ系アメリカ人で、テンプル大学東京キャンパスの学生である。

代々木公園にて、シエラトッドさん(右)を含むBlack Lives Matter活動家たち(撮影:臼田浩平)

“二週間もたたないうちに(このピースフル・マーチが)実現して本当に嬉しい。”周りに集まるマスクをした参加者の海を見渡しながら、トッドさんは誇らしげに語った。(COVID-19感染の危険性を最小化するためイベント参加者にはマスク着用が義務付けられた。)

バルティモア出身の眼鏡をかけた快活な25歳の黒人アメリカ人、ジェイミー・スミス(Jaime Smith)さんにとっても、予想以上の参加者数は思いがけない喜びとなった。トッドさんと同じく、スミスさんも東京でのBlack Lives Matter運動を立ち上げた中心メンバーの一人だ。

“1000人くらいになると思っていたら3,500人もの参加者が来てくれて、心底驚きました。” 6月14日の平和的デモ行進の後、スミスさんはVoice Up Japanとのインタビューにそう答えた。

デモ参加者が行進を終え、代々木国立競技場付近の公園広場に集まる中、ファッションモデルのRINACO AOKIさんも、スミスさんと似た感想を述べた。AOKIさん(31)は、日本人が人種問題ついて真剣に向き合う“その時が来た”と感じ、デモ参加を決意したという。雨の予報が出ていたため“あまり人が来ないかもしれない”と懸念していたが、大勢の参加者を見て“嬉しくなった”と語る。

30歳のアフリカ系アメリカ人のテレン(Teren)さん(名字は非公開)。彼も第二の住まいである東京で、結束表明の行進に参加していた。テレンさんには今回のBlack Lives Matter集会に個人的な思い入れがある。テレンさんの出身地は、事の発端であるミネアポリスだ。ミネアポリスでは、ジョージ・フロイド氏が繰り返し助けを懇願する中、白人警察が9分近く氏の首を膝で押さえつけ、死亡させる事件が起こった。事件の動画が出回ったのち、数日間にわたり市民たちの怒りが暴動に発展し、混乱によって揺れた街だった。

テレンさんは故郷から遠く離れた地にいることの悔しさを述べたが、それと同時に、平和的なデモ行進をすることで、“声を上げ、自分の権利を行使することができる”ことに勇気付けられていた。テレンさんは、Black Lives Matter運動が“人種問題はアメリカ文化のものだけでなく、日本文化にも存在するということを人々に気付かせる”ことのきっかけになればと願い、運動への結束を表明した。

“もう黙ってなんていられない”

日本に住むBlack Lives Matter活動家のスミスさん。フロイド氏が非人道的に殺害されたことへのショックは甚大だ。遠く離れた故郷で起きた事件だからといって、そのショックが弱まることは決してない。

“とても打ちのめされました。”スミスさんは感情を露わにしながら語る。“あの最後の言葉― “I can’t breathe!” (息ができない!) ― が何度も頭の中で蘇ってきました。”これは、フロイド氏がデレク・ショーヴィン元警官の膝の下で窒息しながら、必死に放った最期の言葉である。

フロイド氏の、数回に及ぶ“I can’t breathe!” (息ができない!)という叫びは6年前にエリック・ガーナ―(Eric Garner)が放った言葉と一緒だった”という事実が、スミスさんの絶望感をさらに深めたという。ガーナー氏も、警察の残虐行為によって、死亡した知名度の高い被害者の一人だ。このような警察の暴力事件は、危ぶまれるべき頻度で起きている。去年、 ロサンゼルス・タイムズ紙 に載った記事によると、“アメリカでは、1000人に1人近くの黒人男性・少年が警察官の手によって死亡する可能性がある”という衝撃的な統計値が出されている。

当初の喪失感を乗り越えたとき、何も行動を起こさず差別に加担することはもう選択肢としてありえなくなった、とスミスさんは説明する。Black Lives Matter運動のために全身全霊をかけると決意した経緯を話しながら、こう語った。“私は悲しくなった。激怒もした。そしてもう黙ってなんていられなくなった。”

“忘れられない”

“私たち黒人は、自らの出身国を離れても、自分たちが受けた傷や経験した痛み、そして苦難を残して去ることはありません。”スミスさんは続けた。スミスさんは3年前に来日し、現在はパートタイムで教師、モデル、アーティストとして働いている。“色んな意味で、私たちはその痛みをずっと持ち続けていて、そしてその痛みは移住した先々の国で経験する差別によって、もっとひどくなる。”

日本の一般大衆は人種差別に対して適切な問題意識を持っているかと質問したところ、スミスさんは、日本では“人種差別問題は多くの人にとって、あまり話したくないきまずい話題”として捉えられている、と答えた。

Black Lives Matter Tokyoの共同発起人ジェイミー・スミスさん(撮影:臼田浩平)

人種差別が存在することすら完全に否定する日本人もいれば、人種差別は「アメリカの問題」だと片付ける人もいる、とスミスさんは指摘する。日本での人種差別は“アメリカほど暴力的ではないかもしれない”と認めた上で、それでもスミスさんは“ここにも人種差別はあるし、人を傷つけている”と強調した。

グランドスラムにて2度チャンピオンを勝ち獲った、バイレイシャル(二人種)の日本代表テニス選手、大坂なおみさん。6月上旬、なおみ選手はツイッターにて、自らの出身地である大阪市で予定されていた平和的デモ行進に参加し、Black Lives Matter運動を支持するようフォロワーに呼び掛けた。ところが、このスター選手の善意によるツイートは、大量の悪質な荒らし行為を呼び寄せた。ワシントン・ポスト紙は、ツイッター上の嫌がらせに触れ、“デモ運動がコロナ感染のリスクを高めると主張する人もいれば、人種差別は日本の問題ではないと主張する人もいた。”と報じている。

スミスさんに日本で個人的に体験した差別の例を伺ったところ、残念なことに、有色人種の人々にとって、差別の体験は“日常茶飯事だ”と淡々と話した。公共の場でじろじろと見られたり、たびたびアフロについて言及されたりと例は尽きない。務めていた埼玉の学校で生徒たちに肌の色を排泄物と比べられた時のことなど、より残酷な発言を思い出しはじめると、スミスさんは目にみえて辛そうな表情をうかべた。この事件は、スミスさんが3年前に日本で働き始めたばかりの時に起こったものだが、このような侮辱的な言葉は未だに“忘れられない”という。

日本特有の人種差別

このような間接的あるいは直接的な人種差別の現れは、決して偶発的なものではない。 

例えば日本は、自らが犯した残酷な植民地支配の歴史を未だ面と向かって受け入れていない。「在日」として知られる多くの人々は、かつて何十年にもおよぶ日本の朝鮮半島植民時代に、単純労働者として強制的に日本へ連れてこられた韓国の人々の子孫である。在日韓国人は今となっても、日本社会において大っぴらなヘイトや排斥に直面している。

そのうえ、日本も警察の暴行と無縁とは言えない。先頃、 33歳のトルコ国籍のクルド人男性 が警視庁の警察官によって呼び止められた様子が携帯で録画された。警察官の二人は男性に警告を言い渡して解放する前に、暴力を振るったと報告されている。この事件は警察の人種による選別、かつ過激な権力の行使の露骨な一例ともいえる。男性を負傷させ、反差別・左派の活動家を憤らせたこの事件は、ミネアポリスにてフロイド氏が殺害されるほんの数日前に起きた。

東京でのデモ行進の参加者の一人、25歳のレネ・ゴードン(Rene Gordon)さんにとって、黒人の人々との結束を示すことは必要不可欠だったと語る。

アメリカで生まれ、13歳の時に日本に移り住んだゴードンさん。ゴードンさんは肌が白いことで過酷ないじめを体験した。その時のトラウマを打ち明けてこう語る。“私は日本人のハーフ*(注)ですが、顔の色がとても白いんです。そのためにずっといじめられてきました。”現在は幼稚園で先生を務めるゴードンさんの、高校生時代の苦い記憶だ。

“実際、黒人への差別について、何も行われてこなかったと思います。”と、ゴードンさんは意見を述べた。“黒人だけではなく、すべての 「Gaikokujin」に対する差別についても。”ゴードンさんは日本語の単語を使って続けた。

デモ行進に参加するアメリカ出身のレネゴードンさん(撮影:臼田浩平)

認識されることはめったになくても、実際には凝り固まった人種的偏見は日本社会に深く根付いている、とゴードンさんは考えている

“はっきりと言わなくても、あるいは自分のことをレイシストだと思っていなくても、(肌の色によって)人間を違った視点で判断する人がいる。”とゴードンさんは主張する。“だからこそ、もっと教育が必要だし、(肌の色が違っても)みんな同じ人間なんだと気づかせることが必要だと思います。”

スミスさんも、歴史の上で黒人が何世紀にもわたって構造的な弾圧を受けてきたことについて日本人はもっと知識をもつべきだと強く主張した。 

さらに、スミスさんはつい最近 NHKで放映されたニュース番組のことを指して、”日本で特に問題なのは、Black Lives Matter運動がどのような文脈で描かれているかということです”と付け加えた。件の公共放送局は、警察による残虐行為について一切言及することなく、アフリカ系アメリカ人を都会に住む暴徒、という粗雑なステレオタイプで描写した。その番組は駐日アメリカ大使館から“侮辱的かつ無神経”として激しく非難された。

このことに関連して、スミスさんはBlack Lives Matter集会を東京で開催したことにより、一般の日本人が持っているかもしれない黒人のコミュニティに対する偏見の是正に向けて“変化をもたらすことができた”と断言した。

“もし人々が私たちの怒りや悲しみの背景にどんな理由があるのか知らなければ、たんに 「私たち」 に原因があると思ってしまうかもしれません。「私たち」がいけないのだと。”スミスさんは説明を続けた。“私たち(黒人)が生まれついて暴力的であったり、家庭を壊したりする怒りっぽい性格をしているとか、そんなことは全くないんです。そうではなくて、私たちは1600年代からずっと、差別にさらされてきたんです。確かに今まで、私たちは大きな前進をしてきました。ですが、まだまだ解決すべき問題はたくさんあります。”

恥ずべき無関心さ

今回のデモ行進に関して、より現実的な評価を下す参加者も他方ではいた。 

親の片方が韓国人で、多くの黒人の友人とも交流を持つファッションモデルのAOKIさん。“約80パーセント”のデモ参加者が、実際には日本に住む外国籍の人々であったと彼女は指摘した。人種差別に対してもっと多くの日本人が、同レベルの危機感を共有出来ていないことは、“正直、少し恥ずかしい。”とAOKIさんは語った。

*翻訳者注意書き: 日本語の”ハーフ”という言葉は、当人以外が゙使うと人種差別的な意味を含む場合があります。多様な文化背景をもつことは、アイデンティティを構成する大事な要素です。たとえば、”ハーフメイク”や”ハーフコンタクト”など”ハーフ”であることを商品化するのは、アイデンティティの侵害ともいえます。また、”ハーフ”は、”半分しかない”といった否定的な意味を持つため、当事者以外は使用を控えるべきでしょう。

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