音のない言葉:今村彩子さんとろう者の人々

By Trishit Banerjee | 神沢希洋 翻訳

今村彩子さんが 耳の聞こえない映画監督として活動すること、そしてろう者コミュニティにカメラを向けることで学んだことについてVoice Up Japan に語ってくれた。震災の中で耳が聞こえない人々が直面した困難や、世間がろう者の存在を認識することの大切さについて語る。

“ろう者は「かわいそうな人」ではなく、「手話と言う言語をもった人間」なのだ。”今村彩子さんは、カリフォルニア州立ノースリッジ大学で250人の耳の聞こえない学生たちと学ぶ中で、このことを実感したという。過去17年間で27本の映画を撮った今村さんは、「いつか平等な社会になるように」と願ってろう者の人々の物語を伝え続けている。厚生労働省による2006年の調査によると、日本には358,800人のろう者と難聴者がいるが、そのうち手話を使用する人々の割合はおおよそ14パーセントに過ぎない。今村さんの生身の人々を映し出すアプローチは、“人と違う”ことが“障害”であると見なされてしまっているコミュニティに、声を与えている。

今村さんは小さいころから映画監督になることを夢見ていた。今村さんのウェブサイトには“私が子供のころは、テレビ番組に字幕がなく、家族とテレビを楽しむことができませんでした。” とある。そんな中、今村さんのお父さんが「E.T」の字幕付きビデオをレンタル屋から借りてきた。映画の中の地球外生命体と人間の友情物語は今村さんが映画監督を目指すきっかけとなった。

19歳の時、今村さんはアメリカで映画について学ぶことを決心した。人と“違う”ことは彼女がが夢を追いかける妨げにはならなかった。「島国である日本は“皆と同じであること”に安心します。アメリカは様々な国の人がいるので、“違い”に慣れているのではないかと思います。」と今村さんは語る。

日本でろう者が経験する困難

1960年に制定された障がい者雇用促進法は、企業や政府の機関が労働力の一定数を身体的、精神的、または知的障がいを持つ人から採用することを保証するため年々改定されてきた。2016年から2017年にかけて、民間企業で雇用されている障がい者は4.5パーセント増加した。政府は2022年までにこの数字を18パーセントまで 増やす ことを目指している。

このような大きな目標には課題もつきものだ。“法律は役に立っていると思います。しかし、ろう者に対する理解がない職場では、彼らに簡単な仕事を与えるだけでになってしまいます。”と今村さんは語る。“また、ろう者が周囲の人とスムーズにコミュニケーションがとれないと、ろう者は孤独や不安、不満を感じます。”と今村さんは続けた。大企業では障がい者の雇用率は高いものの、障がい者に与えられる清掃などの職務の多くはアウトソーシングによって減少の傾向にある。また、現職に不満を感じていたとしても、雇用の機会が少ないろう者や他の障がい者にとって、不満を理由に転職することは非常に難しい。 

ドキュメンタリー映画「きこえなかったあの日」を宣伝する今村さん

政府は記者会見での手話通訳者の重要性を認識しているが、多くの放送局は手話通訳者を表示しない。「ろう高齢者の中には文字の読み書きの厳しい人もいます。彼らにとっても生活しやすいように、字幕や手話だけでなく、イラストなどで伝える工夫も必要です。」と今村さんは言う。

ろう者のコミュニティの中でも、排除を恐れて沈黙を守るマイノリティグループがいる。今村さんは「ろうコミュニティーの中にも、LGBTやアスペルガーなどのマイノリティーがいたり、他のろう者と異なる考えを持つ人がいます。」と強調した。マイノリティーの人々は沈黙を守るか、それともコミュニティを離れるかというジレンマを抱えることになる。

震災の中のろう者

今村さんの最新のドキュメンタリー作品「きこえなかったあの日」は2011年の東日本大震災と津波の被害から10年間の、ろう者の人々の奮闘を記録した映画だ。過去の10年で、人々は2016年の熊本大震災、2018年の西日本豪雨、そして今も続く新型コロナウィルス感染も経験している。これらの災害一つ一つがこの映画の背景となっている。

撮影中の今村さん

災害について話されるとき、多くの場合世間はその被害者や復興のみに注目し、ろう者や他の障がいを持つの人々への影響が話題に上ることは極端に少ない。「ろう者の人口が少ない(1000人に1人の割合)ので、きこえる人は気づかないのだと思います。」今村さんは言う。「世の中にはいろんな人がいて、その中にろう者もいるということを意識していれば、状況は少しは変わっていくのではないかと思います。」と今村さんは続けた。

2011年の東日本大震災の際、全日本ろうあ連盟( Japanese Federation of the Deaf:JFD) などの団体は岩手、宮城、福島のろう者を支援するため「東日本大震災聴覚障害者救援中央本部」を設置した。日本放送協会を中心としたマスメディアには、ろう者が平等に情報を得られるように緊急要請が行われた。また、東京電力の記者会見では、すべての人に原発事故に関する情報が届くよう、手話通訳者の配置が要請された。

こうした動きがある一方で、対処されるべき格差は未だに残っている。「ろう者が利用できる設備はあっても、情報を得たり、コミュニケーションがとれる避難所は少ないのが現状です。」と今村さんは語った。「災害時でもろう者が情報を得られるように手話や筆談でコミュニケーションをとれるような配慮、支援物資に関する情報を紙に書いて貼るなど視覚から情報が得られるような工夫が必要です。」と今村さんは続けた。

2011年の震災の間、アクセスできる施設の差によって、ろう者の人々は支援の 著しい格差に直面した。岩手では福祉サービスを提供する施設があった一方で、宮城と福島にはそのような施設はなかった。1995年の阪神淡路大震災の時、政府は全日本ろうあ連盟や他団体からの要請に答えて、聴覚に障がいを持った人々の名簿を公開した。だが、2011年の震災では 個人情報の保護に関する法律 個人情報の保護に関する法律によりこの試みは行われなかった。そのため、聴覚障がい者の震災被害の全体像はいまだに明らかになっていない。

未来に道を創る

今村さんにとって、障がい者を取り巻く問題を解決する一歩は、まず社会に様々な障がを持っている人がいると知ることからだと語る。「無知からは何も生まれません。」と今村さんは言う。今村さんは“健常者”と対をなす“障がい者”という言葉が好きではない。彼女にとって、「障がい」とは「障がいを持つ人」と「持たない人」との関係にこそ存在する。「そのことに気づくことが一歩だと思います。そうすれば、その「障害」をどうしたらなくせるかを考えられるのではないでしょうか。」と今村さんは説明する。

ろう者がオンラインオペレーターを使っていつでも 電話をかけられるようにする公共サービス電話をかけられるようにする公共サービスの開始が、今年になってようやく決定された。日本財団が2013年から同サービスを試験的に提供してきたが、今年で終了する。同社のデータによると、毎月約2万8,000件近くの通話が行われており、ろう者が予約を取ったり、再配達の注文するのを支援している。しかし、インフォメーションギャップバスターが2020年4月に横浜で126名の利用者を対象に行った調査によると、44%の人が、通話相手がオペレーターとの対話を拒否したため、通話を行えなかったことが判明した。また、銀行やクレジットカード会社への問い合わせでは、70%の人がオペレーターによる本人確認ができなかった。さらには、政府の金融庁によると、2019年3月時点で、このような公共サービスに対応している日本の金融機関は全体の3.4%に過ぎないということがわかっている。

「私が世界の人々に伝えたいのは、きこえる人に様々な人がいるように、ろう者にも様々な人がいる、ということです。」と今村さんは言う。今村さんは無視されがちなろう者のコミュニティの豊かさと魅力を、多くの人に感じてほしいと願っている。ヘレン・ケラーの格言に「目が見えないことは人と物を切り離す。耳が聞こえないことは人と人を切り離す。」という言葉があるが、誰も切り離されない未来をどう作るかは私たち社会と政府の行動にかかっている。

「きこえなかったあの日」については こちらで、今村彩子さんについてはこちら.で読めます。

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